大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和34年(く)24号 決定

少年 R(昭和一五・六・二七生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の理由は附添人S名義の抗告理由書記載のとおりで、原決定の処分が著るしく不当であると主張する。しかし記録を調査し、少年の性格、経歴、家庭環境など諸般の情状を考察するに、少年は昭和三十二年十二月二日及び昭和三十三年七月十四日いずれも恐喝等の罪名で浦和家庭裁判所に送致され、審判不開始の決定をされているのであつて、その事件は被害金額は三百円程度のいわば軽微な事件と考えられるが、恐喝という罪質に鑑み等閑に付せられる事案ではなく、審判不開始の決定がされたとはいつても、両親の保護能力に期待し、少年の性格矯正、環境調整と相まつて再度の非行に陥ることがないよう十分な教育指導が望まれていたにかかわらず、本件犯行のように相当重大な結果を生ずる傷害罪の発生したことは、その保護の適正を欠いていたことを示しているものと認められ、この点本件少年と一部の犯行に共犯関係のあるT外二名と同一に論ずることができない。従つてTらに対し保護観察所の保護観察に付す決定をしたに止まるに反し、本件少年に対し中等少年院に送致するとの決定をしたことは必ずしも均衡を失したものではなく、寧ろその非行歴等前記の如きをみれば、これを施設に収容し、相当長期に亘る矯正教育の必要を感ぜしめるものがある。これと同一趣旨の原決定は相当で論旨は理由がない。

よつて少年法第三十三条第一項により主文のとおり決定する。

(裁判長判事 兼平慶之助 判事 足立進 判事 山岸薫一)

被告人 甲野太郎(仮名)

主文

被告人を懲役三月に処する。

本裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。

押収の釘一本(昭三十四年押第十二号の一)及び針金三本(同押号の二)を没収する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

被告人は昭和十三年三月中央大学法学部を卒業した者で昭和三十一年四月長女久子が茨城大学文理学部に入学したのを機会に本籍地の愛媛県今治市にある家屋敷等の財産を整理して同市より父文治郎及び一男二女を引連れ、一家をあげて水戸市に移住し、昭和三十二年六月頃より同市堀町一、三三八番地に居住し、前記財産整理により得た貯蓄と刀剣の販売斡旋手数料とによりささやかな生計をたてていたが、被告人が昭和二十五年頃離婚した妻あや子との間に出生した長男一耕(当九年、昭和二十四年十二月十四日生)に盗癖があり、これを矯正するにつき、苦慮してきたところ昭和三十三年十一月初め頃就職運動等の用務で上京し、同月三日深更前記自宅に戻るや、帰宅早々前記久子から右一耕が被告人の不在中隣家の須能孝一方の食事を盗んだことをきくに及び一耕の右非行を矯正するには同人の行動の自由を奪い、同人に対し肉体的苦痛を与えるほかないと考え、同人の両手を針金で縛り、翌四日午前零時頃より同月六日午後二時三十分頃までの間同人が用便するための僅少の時間以外継続して同人を右自宅六畳間の押入に右制縛した状態で(同人が食事する時及び同月五日夜以降はこれを解く。)、右押入の戸を開閉できぬよう釘づけにして押込め、もつて同人を不法に逮捕監禁したものである。

証拠(略)

法律に照らすと、被告人の判示所為は刑法第二百二十条第一項に該当するのでその所定刑期範囲内で被告人を懲役三月に処し、情状刑の執行を猶予するを相当と認め同法第二十五条第一項に則り本裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予し、押収の釘一本及び針金三本(昭和三十四年押第十二号の一、二)は本件犯行に供した物で犯人以外の者に属しないから同法第十九条第一項第二号によりこれを没収し、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を適用して全部被告人に負担させる。

弁護人は被告人の子一耕は嘘が上手で自己の非行を反省することがなく父親である被告人を敵視し、その窃盗行為は子供らしくない大人のなすようなやり方である。このような自己本位的な人間である右一耕に対し被告人は親の愛情からこれを改過遷善するため昭和三十三年十一月三日より同月六日まで自宅の押入に同人を入れたにすぎないのであるから右は親権を行う者のその子に対する懲戒権の行使として必要な範囲内に属し刑法第三十五条の正当行為として違法性が阻却されると主張する。

よつて案ずるに、前顕挙示の証拠によれば、被告人は判示のとおり前記一耕の両手を針金で縛り、相当期間制縛状態のまま同人を被告人方押入に、押入の戸を釘づけにして押込めた事実が認められるのであつて、被告人が右一耕に対する懲戒手段としてなした行為が弁護人主張のように単に右一耕を弁護人主張の期間被告人方押入に入れたにすぎないとは到底認められないから弁護人の主張はこの点において既に失当であるが、被告人の判示所為が果して親権を行う者のその子に対する懲戒権の行使として必要な範囲内に属し正当行為として違法性が阻却されるかにつき考えるに、親権を行う者のその子に対する懲戒行為として許されるその身体、自由に対する侵害行為は窮極のところ基本的人権の保障を基調とする日本国憲法の精神に則り社会通念上必要と認められる程度をもつて限界とすべきところ前顕挙示の証拠及び司法警察員作成の昭和三十三年六月二十七日付、同月二十八日付(二通)各捜査報告書並びに小野正二、井坂一三(二通)の司法警察員に対する各供述調書によれば、本件行為時を遡る約半年前の昭和三十三年四、五月頃当時小学校三年生在学中の前記一耕が学校で友人の弁当や先生の金銭を盗んだりしたのでこれを契機として被告人は右一耕を学校における甘やかされた教育に委ねておくよりも寧ろこの際自宅で自己が同人を厳格に教育していくことの方が勝れりとして爾来本件行為にいたるまで引続き義務教育過程にある同人をして長期欠席させ、この間同人に対し夙に本件同様の行為を繰返し、これにより被告人としては右一耕に対する非行矯正の実があがつてきたものと考えていた矢先又々同人の隣家での僅少の窃盗行為を聞知するにいたり同人が自宅より一歩でも外にでる場合は他人に迷惑をかける結果になるのでこれを極力防止すると共に根本的に同人を改過遷善するためには同人が絶対他出できぬ方法を採るにしかずと考え、本件行為に及んだ事実が認められ、右事実に前示証拠により認められる判示逮捕監禁の態様、状況を綜合して考察するとき親権者である被告人がその子である一耕に対し有する懲戒権の行使として啻に同人の窃盗の非行を矯正し、これを善導するためのみではなく同時に同人が家出して窃盗をなすことにより他人に対し迷惑をかけることを防止するために被告人において本件行為に及んだ事実が認められること前記のとおりであるにしても右懲戒権行使の手段方法としてなした被告人の判示逮捕監禁の所為は右一耕の行動の自由を極度に奪うもので、同人に対する監護教育の目的上やむを得ない場合で前記個人尊重の思想に照らし社会通念上親の子に対する懲戒権の行使として必要な範囲内にあるものとは到底認められないから正当行為に関する弁護人の主張は採用の限りでない。

次に、弁護人は被告人は本件行為について行為の違法であることの認識を欠いていたもので犯意がないと主張するが、右は畢竟法の不知の主張に帰するところ、法の不知は何ら犯意を阻却するものでないのみならず、本件において被告人は前記一耕を逮捕監禁することの不正であることを認識して行為したことは前記被告人の司法警察員に対する供述調書中の供述記載等によりこれを推認するに十分であるから弁護人の右主張は理由がない。

更に、弁護人は本件行為を一般人にあてはめて考えてみるとき前記一耕のような性格の子供に対しては何人と雖も被告人と同様な行為にでたであろうことが考えられるので被告人には期待可能性を欠き、その責任が阻却されると主張するが、証人井形寛、同小沼敏子(以上第三回公判)及び同阿部邦夫(第四回公判)の当公判廷における各供述等に徴すれば右一耕の性格は強情、孤独的、内攻性で暗い感じがするが、その知能程度は相当優れていて環境、指導の如何によつては非行の矯正の可能性が十分看取される反面同人に対し体罰を加えることによつてはこれが改善は期待薄であることが認められるのであるから一般人が被告人の立場におかれたならば何人と雖も被告人と同様な行為にでたであろうことはこの点からしても容易くこれを考えるに由ないので弁護人の右主張も採用することができない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 浅野豊秀)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例